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SPECIAL INTERVIEW

vol.23 SICF受賞者特別対談 
石川佳奈 ✕ 小澤慶介

【※この対談は、2019年3月28日発行のスパイラルペーパーno.149に掲載されたものです。】

 

生きづらい世界を生きるための「実験」


「どう生きたらいいのかわからない」。この漠然とした思いを検索する自分自身や不特定多数の他者の存在を起点に、「どう生きたらいいのかわからないんですが、どうしたらいいと思いますか?」と、山手線の各駅で見知らぬ他人にインタビューを行なう映像。そして、検索結果を読み上げながら、作家自身がツイスターゲームを行なう映像が映し出されたスマートフォン。この2つの作品が対面するインスタレーション『どう生きたら良いのか(スペース)分からない』で、2018年開催のSICF19(第19回スパイラル・インディペンデント・クリエイターズ・フェスティバル)でグランプリを受賞した石川佳奈。その石川に現代アートを観ること、つくることを教え、作品の変化を見てきたインディペンデント・キュレーターの小澤慶介。作品をつくるということ、社会との関わり方などについて2人にお話をしていただきました。

 

 

石川佳奈(いしかわかな)

1988年東京都生まれ。女子美術大学芸術学部工芸学科織コース卒業。スマートフォンに没入する人々への違和感を発端に、電車内や街角を舞台に、スマートフォンを指で操作するような仕草でペインティングを行なう映像作品『You had me at scrolling(スクロールを見ただけで虜になったよ)』など、日常の違和感と身体、コミュニケーションをテーマに作品を制作する。「どう生きたらいいのかわからない」という思いを起点としたインスタレーション作品『どう生きたら良いのか(スペース)分からない』で「SICF19」グランプリを受賞した。

https://www.kanaishikawa.com

 

小澤慶介(おざわけいすけ)

1971年生まれ。インディペンデント・キュレーター、アートト代表。ロンドン大学ゴールドスミスカレッジにて現代美術理論修士課程修了。NPO法人AIT(エイト)にて、2001年から15年間、現代アートの講座「MAD(Making Art Different)」のプログラム作りと講義を担当し、2016年に現代アートの学校運営と展覧会の制作を行なうアートトを設立、代表を務める。主な企画に「十和田奥入瀬芸術祭 SURVIVE この惑星の時間旅行へ」(十和田市現代美術館ほか、2013)、「六本木クロッシング2016展 僕の身体、あなたの声」(森美術館、共同キュレーター)など。現在、アーカスプロジェクトディレクターおよび法政大学非常勤講師兼務。2019年度のアートト・スクールのプログラムは、3月上旬にHPで発表。

http://www.artto.jp


インタビュー

 

—石川さんは大学では織物を学び、ファイバーアートの作品を制作されていたそうですね。そこから現代アートへと転換したきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

 

石川:大学3年生くらいのとき、横浜トリエンナーレ2008「TIME CREVASSE (タイムクレヴァス)」を見て、現代アートに本格的に興味を持ちました。そこから様々な展覧会に足を運び、「現代アートが何かはわからないけど、何かがすごい」と、気持ちがざわついたことがきっかけです。

 

小澤:現代アートのどういうところが、石川さんの気持ちにそんなに刺さったのかな?

 

石川:現代アートは、社会でいま起こっていることに接続し、外に開かれているようでとても魅力的に見えたんです。それまでの私は「卒業後はアーティスト活動をしていく」という選択肢がなかった。ですが、現代アートへの興味をきっかけに、卒業後も手探りで制作をしていく中で、当時NPO法人AITが開講していたアーティスト・コースを受講し、本格的に現代アート作家として活動していきたいと思うようになりました。

 

—そこで、講師の一人として石川さんに現代アートを教えていたのが小澤さんだったんですね。

 

小澤:はい。石川さんはAITに引き続き、僕が2016年に立ち上げた学校アートト・スクールの授業も受講しに来てくれました。僕が一貫して授業で取り組んでいるのは、同時代に対する視点と問題意識を客観的に捉え、そこから作品をつくっていくこと。そのためにも、まずは石川さんに「なぜ織を選んでいるの?」「どのようなことを伝えたいの?」と、強く問いかけたことを憶えています。これまで学んできたことを一回疑い、時には壊すことで、ようやく自分と時代に向き合い、それぞれの言葉で語り始めるようになっていくんです。

 

石川:私は授業の中で色々と実験と考察を繰り返すことで「コミュニケーション」というテーマに辿り着いた気がします。

 

どう生きたら良いのか(スペース)分からない』(2018)SICF19グランプリ受賞作

 

「どう生きたらいいのかわからないときって、ないですか?」

 

小澤:いま「実験」という言葉が出てきたけど、石川さんはよく実験をしているイメージがある。以前、僕が「石川さんの作品がこれから変化していくのかもしれない」と思った印象深い試作映像がありました。それは、石川さんがどこかの店内で「どう生きたらいいのかわからないときって、ないですか?」と、見ず知らずの人に話しかける様子をカメラで収めたもの。あの映像はどういう経緯で始めたの?

 

石川:私は「どう生きたらいいのかわからない」といった、漠然として重要なことを、なぜスマートフォンで軽々しく検索してしまうのかと疑問に感じていました。それを考えていく中で、「ネット上でしていることと同じように知らない人に突然に問いかけたらどうなるんだろう?」と。この実験が結果的にSICF19でグランプリをいただいた『どう生きたら良いのか(スペース)分からない』へとつながりました。

 

小澤:表情が見えず、会話だけが聞こえてくる映像は、ほとんど編集されていなかったので生々しく、独特の緊張感があったことを憶えています。

 

石川:はい。その撮影で初めて、見知らぬ他人というコントロールできない要素を作品に取り入れることに挑戦して、作品を「いかにコントロールせず完成させるか」ということを考えるようになりました。

 

どう生きたら良いのか(スペース)分からない』(2018)SICF19グランプリ受賞作 撮影 : TADA(YUKAI)

 

作家がコントロールすることのできない作品

 

小澤:『どう生きたら良いのか(スペース)分からない』を、SICF19に出品しようと思ったきっかけはどのようなものだったの?

 

石川:審査員を務める様々なアーティストやキュレーターの方が自分の作品にどんな感想を持つのか、そして自分の現在地を確認できるのではないかと思ったんです。以前も応募したことがあったのですが、そのときは落選したので、やっと出品できることになり嬉しかったです。

 

小澤:僕としては、あの作品はまだ、石川さんのコントロール下にあるような気がしたんですよね。石川さんが以前の実験で獲得していた生々しさ(内容の強さ)が薄まって、作品の構造がより前に出てきていたというか。そうなると、見る側としてもだいたい作品の意図が予測できてしまう。それよりも、作品がどのようになりたいかに意識的になることが大事かもしれない。僕の友人の小説家によると、書いている小説の要請によって文体が変わるとのこと。そういったことに近いように思います。

 

石川:以前、小澤さんは講義の中でも「どうすれば作品が語り始めるか」とお話していたことを憶えています。美大時代は「この作品にこんな思いを込めました」という語り口がメインで、そこから脱出する方法が分からなかった。その鍵が「コントロール」だと気づき、実験をするようになったのはここ3年くらいのことです。

 

SICF19グランプリアーティスト展『触りながら触られる』(2019)  撮影 : TADA(YUKAI)

 

実験が許される場所

 

—SICFでの『どう生きたら良いのか(スペース)分からない』の出品に際して、審査員や鑑賞者の方々からの印象的な反応はありましたか?

 

石川:審査員の方々からの意見やアドバイスはもちろん、私としては幅広い世代の方から反応があったことが印象的でした。

 

小澤:作品の中に出てくる「どう生きたらいいのかわからない」という言葉が、性別や世代に関係なく響いたということなのかな。

 

石川:そうですね。あの作品は私自身の生きづらい気持ちが発端になっていますが、みなさんそれぞれの思いがあるのだと思います。

 

小澤:いまは世の中が窮屈に感じられるますよね。いろいろなことが、2020年のオリンピック・パラリンピックをゴールに決められていて、人はそこから外れないように仕向けられている感じがしてならない。窮屈さから不寛容が生まれ、それが蔓延しているように見えます。

 

石川:私自身の問題意識で言うと、「いかにして個人でいるか」ということと、一人では生きることができず、社会と関わっていきたい自分。そこの揺らぎと葛藤がずっとあります。その生きづらさに向かい、克服する術を考えるために自分は作品をつくっているのではないかと最近思い始めました。

 

小澤:僕は、石川さんの言う「揺らぎと葛藤」はいいことだと思うんです。なぜなら、揺れることがないと感覚や感性が鈍るから。ただ、石川さんは実験を繰り返し、成功・失敗に関わらずそれを発表する場を持つことができている。石川さんがこれからどこに辿り着くかは誰にもわからないけど、そういう場を見つけ、探りながら進んでいくこれからの活動がとても楽しみです。

 

You had me at scrolling(スクロールを見ただけで虜になったよ)』(2017)

 

 

インタビュー・文 堀添千明