SICF24 TALK EVENT「クリエイターと考える。3Dプリンターの創造性」レポート
文 : 猪飼尚司 撮影(会場風景) : 川瀬一絵
近年、3Dプリンターの進化は著しい。技術革新と市場の拡大により造形方式が多様になり、素材もABSやPLAに加え、エポキシ、アクリル系樹脂、ナイロン、金属など、かなり選択肢が増えた。目まぐるしい開発の一方で、3Dプリンターがデザインに与える具体的な役割とその存在意義、そして今後の可能性が問われる時代でもある。
デザインプロセスや作品づくりで3Dプリンター活用しているクリエイターたちのリアルな感覚はどうだろう。その声を聞くために、SICF24の会場で鈴木啓太、大日方伸、Leo Kodaの3名デザイナーがクロストークを開催。モデレーターは、デザインライターの角尾舞が務めた。
まずポイントとなったのが、同じプロダクトデザインという領域で活動しながらも、3名がそれぞれに3Dプリンターに対する異なるアプローチ、立ち位置を示していたことだ。
慶應義塾大学政策・メディア研究科に入学した当初から日常的に3Dプリンターをデザインと掛け合わせ、オルタナティブな活動をしていたという大日方は、いわば“3Dプリンターネイティブ”。複雑な立体造形力と製造のプロセスの統合によりデザインの自由度が増し、独自の表現をより積極的に追求していくことができると高く評価する。
「代表作『遊色瓶』は、3Dプリンティングによって人の手で作るには難しい複雑な造形や着色を施し、まるでCGで手がけたような新しい立体の装飾表現を可能にしています。形づくりながら同時に色を加えていくため、細かな溝のなかも色づけが可能。見る角度によって次々に違う色が現れる、数学的なグラデーションが特徴の作品です」
積彩『遊色瓶』
一方で、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科でプロダクトデザインを学んでいた当初は3Dと無縁の関係だったというLeo Koda。スイスのECAL在学時に先輩が残していった3Dプリンターを手にしたことから作品づくりに取り入れるようになった。しかし彼が注目したのは、3Dプリンター特有の構造のあり方だ。
「積層しながら成形するには、内部を支えるインフィルがどうしても必要で、その内側には空気も含まれる。この仕組みそのものをデザインに活用できないかと考えたのが、作品『In Fill Out』です。3Dプリンターで制作した造形をお湯に入れることで内包する空気が膨張し、一点ずつ形や色がことなるユニークな作品ができました。DIYの先にある、身近でオリジナルなものづくりに繋がるのではと考えています」
Leo Koda『In Fill Out』
日用品から車両にいたるまで幅広い工業製品を手掛ける鈴木啓太は、急成長しながら機能や素材を追加していく3Dプリンターの多様な適応力に言及する。
「かつて徹夜をしてまで手がけていた模型づくりも、いまは3Dプリンターが肩代わり。おかげでディテールの検証にもたっぷりと時間を割くことができるようになりました。さらに、1点もののオーダーメイドはもちろんのこと、プリンターを持ち運ぶことで制作の現場が移動したり、手仕事と融合させた不均一な表現を追求することもできる。初期投資が抑えられ、製造時間の短縮を可能にするなど産業的視点でのメリットがある一方で、素材のコストや製品の耐久性にはまだまだ解決すべき問題も残っています」
鈴木啓太 3Dプリントを使ったデザインプロセス
AIやChatGPTの登場が人類に脅威を及ぼすのかという議論が繰り返されるなか、3Dプリンターの進化は人間の仕事を一気に奪い去ってしまうのではないかという疑念もある。
「たしかに従来の技術や人間の手ではできない造形に挑戦することはできますが、すべてにおいて万能というわけではありません。僕が思う3Dプリンターの最大の魅力は、製造とデザインを統合し、プロセスをコンパクトにできるところ。データを送るだけで、成形と着色を同時進行で行うことができるわけですから、時間と費用のために少し腰が引けていた特別や装飾や加工にチャレンジできなど、創作の幅はより広がっていると思います」
大日方伸
こう語る大日方に対し、Kodaも別の視点からコメントを加える。「デバイスそのものが廉価で身近な存在になったことの影響は大きいと思います。スイスに越した2年前、新型コロナ蔓延によるロックダウンの影響で工房に通えず、自宅でなんとか制作できないかと考えあぐねていました。そんなとき先輩にタダで譲ってもらった3Dプリンターをキッチンに持ち込み、調理するという日常的な感覚を組み入れたデザインワークを思いつきました」
Leo Koda
一方、従来のデザイン活動にどうしたら3Dプリンターを効果的に活用できるかと考えているのが鈴木啓太だ。 「前述したように、プロダクトデザイナーが模型作りから解放され、時間を有効に使えるようになったことは、何ものにも代え難い事実。また、大量生産による均一的なものづくりから、不均一な存在やくずしの表情へと注目が集まる時代に変化していますから、3Dプリンターで成形したものに人の手を加える思考の余地も考えられます。製造技術の一つとして適材適所で利用する。技術とデザインの共存を考えていけば、もっとハイエンドなものづくりができるのではないかと思います」
鈴木啓太
かつては斧やのこぎりでラフに削っていたものが、切削機で直線を出せるようになり、NC加工により複雑な曲面が出せるようになったように、新しい道具の登場は、創作や造形の可能性を一気に引き伸ばす。
登壇者がともに「万能ではない」と口をそろえるように、次々に新しい機種が登場し、夢のマシンに近づいているように見える3Dプリンターも、成長の途中であることは否めない。
「完璧ではないからこそ、実験的な手法(プロトタイプ)がそのまま完成形(プロダクト)になるという可能性も現れる。こうした観点では、3Dのデジファブも手仕事と大して違いはないと言えるのかもしれません」(大日方伸)
「武蔵野美術大学でプロダクトデザインを学んでいたとき、日々工房で手を動かしながらデザインのことを考えていました。手間はかかりますが、地味な作業のなかで見出す小さな気づきやディテールの扱いもクリエイティブには大切。機械の力に頼りすぎて、思考が短絡的になってしまうことは避けたい」(Leo Koda)
「3Dプリンターの恩恵を受ける一方で、同時にたくさんの失敗もしています。これらを改善していくには、過去の技術や職人の力、人の知恵に頼るしかない。コスト、技術、環境、表現、精緻さ、効率など、すべての項目でほかを勝らない限り、3Dプリンター全盛になることはないでしょう」(鈴木啓太)
一つの正解を導くのではなく、創作の喜びから次なる挑戦を促し、疑問に打ち当たり、新しいひらめきが生まれる。3Dプリンターには、デザインの思考を巡らせる装置としての働きもあるのかもしれない。
プロフィール
鈴木啓太 | PRODUCT DESIGN CENTER代表、デザイナー、クリエイティブディレクター
古美術収集家の祖父の影響で、幼少より人が織りなす文化や歴史に興味を持つ。日用品から電車車両などの公共プロジェクト、また伝統工芸や素材開発まで幅広い分野で活躍。美意識と機能性を融合させ、100年後にも残るような意味のあるデザインを目指し、国内外の企業やブランド、公共事業者とともにプロジェクトを手掛けている。
大日方伸 | デザイナー、株式会社積彩CEO
1996年東京生まれ。 慶應義塾大学政策・メディア研究科XD(エクス・デザイン)コース修了後、東京藝術大学芸術情報センター教育研究助手勤務。2021年デザインスタジオ「積彩」を立ち上げ、代表を務める。クマ財団第3期クリエイター奨学生選出。3Dプリントによる新しいカラーデザイン/色彩論の構築を制作の主題としている。
Leo Koda | プロダクトデザイナー
1997年生まれ。2022年スイスのローザンヌ美術大学(ECAL)プロダクトデザイン専攻卒業。現在、オランダのアイントホーフェンにデザインスタジオを構える。2018年山際照明造形美術振興会奨学生。主な展覧会に、「Rossana Orlandi exhibition」(2022、M7/ドーハ、カタール)、「supersalone | Salone del Mobile『The Lost Graduation Show』」(2021、Rho Fiera/ミラノ、イタリア)など。
角尾舞 | デザインライター
デザインライター。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、メーカー勤務を経て、2016年までデザインエンジニアの山中俊治氏のアシスタントを務める。現在はフリーランスとして活動中。展覧会の構成やコピーライティングなどを手がける。主な仕事に東京大学生産技術研究所70周年記念展示「もしかする未来 工学×デザイン」(国立新美術館·2018年)の構成、「虫展―デザインのお手本」(21_21 DESIGN SIGHT、2019年)のテキスト執筆など。