_SICF23のMARKET部門でグランプリを受賞した《In Fill Out》は、その頃につくりはじめたものですね。
Koda:ローザンヌに引っ越した頃、卒業した学生に3Dプリンタをもらったんです。まだ自分の部屋にキッチンと3Dプリンタとベッドしかない状態で、何ができるかを考えた時、キッチンを工房にしようと思いました。そして、3Dプリンタでつくった樹脂の作品にもうひとつクラフト的に手を加えるため、出力したものをオーブンに入れたり、スチームしたり、いろいろ試しました。オーブンに入れると、溶ける直前にお餅みたいにプクーって膨らんでから、結局は樹脂が溶けちゃうんです。その点、お湯は最高温度が100度だから温度管理がしやすい。3Dプリンタで薄い中空のシートを出力し、お湯で茹でると膨らんで立体になるように、構造を工夫していきました。
_素材にはPLA(ポリ乳酸)という環境負荷の低い樹脂が使われていますね。
Koda:これはテック寄りの話で、沸点の100度で柔らかくなるけれど溶けない素材でなければなりません。たとえばPET(ポリエチレンテフタレート)は耐熱性が高いのでお湯では形が変わらない。そのあたりから考えてPLAになりました。もちろん環境負荷が少ないことも考え合わせています。植物由来の素材が、キッチンで加工されることも面白いと思っています。
_《In Fill Out》は色使いも個性的です。カラーリングについてはどのように決めていますか。
Koda:色そのものよりも、色合いのムラに注目しています。お湯に浮かべて膨らませているので、《In Fill Out》は表と裏で色の濃さが違う。お湯に使っている側の方が濃くなります。こうしたムラは予想ができず、1点1点がまったく同じにはならないので、機械生産でつくれないものができます。
_この作品には、ECALの先生のアドバイスも反映されているのでしょうか。
Koda:もともと個人で始めた作品ですが、途中で先生に見せてみたら、授業の中で進めようということになりました。最初のセメスターではデザイナーのトマス・アロンソが先生で、素材をPLAにする時も彼の意見をもらっています。より具体的なアドバイスをくれたのはMIT(マサチューセッツ工科大学)の研究員でもあるクリストフ・ギュベランです。MITには4Dプリンティングという概念があって、3Dプリントしたものをさらに展開する際のヒントを教えてくれました。こうした先生が学校の中にいるのはコミュニケーションしやすく、贅沢な環境だったと思います。ECALは、興味の対象がバラバラだった自分に、現実的なことを認識させてくれたところ。クライアントを相手にした課題も多く、教師を務める現役のデザイナーの熱量も大きい。そんな学校のシステム自体、すごい発明だと思います。
_ECALを卒業した後、有名なデザインアカデミーがあるオランダのアイントホーフェンに拠点を移したのはなぜですか。
Koda:やっぱりアカデミーへの興味がありました。アイントホーフェンには、アカデミーを卒業したデザイナーたちが100人以上も集まって制作している「セクティC」という街のようなエリアがあるんです。友達と一緒に訪ねた時、ここにいたいと思ったのが最大の理由でした。僕と同世代のデザイナーも多く、スタジオを借りたいと言ったら空いている場所もあった。そこを4人でシェアしています。まわりにいろんなつくり手が揃っていて、機械が足りなければ隣から借りたり、写真が必要なら写真家に頼んだりできます。
_Kodaさんの活動には理想的な場所かもしれないですね。
Koda:学校のようだけど、みんなプロフェッショナルで、とてもおもしろいところです。アイントホーフェンは以前はフィリップスの本社があった街なので、工場だった建物がたくさん残っていて、みんなで空間をシェアしながら活動しています。同じオランダでも、アムステルダムやロッテルダムに比べるともっと荒々しくて強いダッチデザインの感じがします。
_今後の活動について教えてください。
Koda:まだ発表していない作品が溜まってきたので、タイミングを考えているところです。日本では「DESIGNART TOKYO」への出展が決まっていて、《In Fill Out》をユーザーが自分で茹でて完成させる新しいキットを展示する予定です。《In Fill Out》は出発点が自分のキッチンを工房にすることだったから、ユーザーの方がDIYすると、完成品を販売するのとは違う意味が生まれます。料理する感覚に近くても、ものとの関わりは段違いに深くなり、ものへの愛情も深まるはずです。少量生産のデザインが、お金持ちだけの遊びになるのは嫌なんです。ギャラリーワークが悪だとはまったく思いませんが、僕は強いメッセージがあるものを多くの人に届けたい。だから量産品のデザインにも興味があります。
_ユーザーとのコミュニケーションを大切にしているんですね。先日のスパイラルのSICF23 MARKET部門 グランプリアーティスト展 では、イタリアに滞在しながら、リモートで在廊して来場者と対話していました。
Koda:スパイラルはデザインに興味のない方もたくさん集まる場所であり、《In Fill Out》も見ただけで茹でるプロセスは想像できません。その点を伝えられるようなシステムを考えました。展示にキッチンを使ったのも同じ理由で、キッチンがある違和感から「なぜ?」ってなりますよね。デザイン自体は専門的だから、展示はわかりやすさを心がけています。以前だったら、ヨーロッパにいることで日本でのコミュニケーションを諦める場面があったかもしれません。でもテクノロジーの発達によって、両方でやっていける時代になった。僕らの世代は恵まれていると思います。