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SPECIAL INTERVIEW

vol.16 SICF受賞者特別インタビュー 
渡邉千夏

「しかけ」から始まる新たな世界を探して


一見すると、どこか見慣れた1冊の本。しかしそのページを開いてみると一転、瞬く間に鏡面が生み出す空間の奥行きと、多彩なイメージの広がりが目の前に現れる。これらの鏡の特性を活かした「かがみのえほん」シリーズの作者である渡邉千夏さんは、平面に様々な「しかけ」をほどこすことによって、平面と立体との境界を思わせる視覚効果をつくり出す造形作家だ。現在もシリーズの続編となる作品を制作中だという渡邉さんは、2011年に開催された「SICF12」へ参加した時期を、自身の活動のひとつのターニングポイントだと振り返る。SICF参加までの軌跡とその後の展開、そして自身が目指す作品のあり方について話を聞いた。

 

 

渡邉千夏 グラフィックデザイナー

 

筑波大学芸術専門学群卒業。グラフィックデザイナーとして家庭用品メーカーの勤務を経て、「しかけの視覚伝達デザイン」を研究テーマに、愛知県立芸術大学大学院にて制作活動を開始。2015年に同大学院博士前期課程を修了。大学院在籍中に、鏡がもつ効果を利用した『ふしぎなにじ』、『きょうの おやつは』などの「かがみのえほん」シリーズを福音館書店より出版。手のひらサイズの小さなカードや、高さ2.7メートルにおよぶ巨大な屏風まで、平面の媒体に多様な「しかけ」を与えることで立ち現れる視覚表現を一貫して探求している。

http://okadamariko.jimdo.com/

 

 

 

わたなべちなつ作「かがみのえほん」シリーズ 『ふしぎなにじ』(福音館書店)

 

 


インタビュー

 

―渡邉さんは、平面と「しかけ」の関係に着目した本をいつ頃からつくられているのでしょうか?

 

渡邉:最初に制作したのは、大学の学部時代でした。当時はグラフィックデザイン全般を学んでいたのですが、所属ゼミの先生が開講する本をテーマとした授業を受けていました。課題を通して色々な本をつくる中で「本」というメディアに自分の考えを乗せていくというスタイルが私にとても合っていると感じ始めたんです。

 

―卒業後も、継続して制作を行っていたのですか?

 

渡邉:卒業後は商品のパッケージデザインや、グラフィックなどを制作する仕事に就職しました。いいアイデアがあれば企画を採用してもらえる環境だったので、やりがいがありましたね。会社の仕事の傍らでは、グラフィックと「しかけ」を組み合わせることでおもしろい視覚効果を得られるような本や造形物を自主制作していました。仕事とプライベート、2種類の活動を通して気持ちのバランスをとっていたんだと思います。

 

―「SICF12」に参加されたのも、その頃ですか?

 

渡邉:はい。常に新作を発表できる状況ではなかったのですが、いつも作品発表の機会を探していました。そんな時、よく足を運んでいたスパイラルで偶然SICFの募集要項を見つけて、応募をしてみたのがきっかけです。

 

SICFの経験を通して、精神面で鍛えられた気がしますね。勢いをもらったというか。

 

―実際に「SICF12」で作品を展示してみて、いかがでしたか?

 

渡邉:会場のブースでは、しかけ絵本を何種類か展示させていただきました。本を制作している時って他人の反応が見えづらいというか、私ひとりで「おー」と感動したり「イマイチかな?」と悩んだり、その繰り返しなんですね。だから、自分の目の前で人から反応をいただくことがとても新鮮でした。2014年に福音館書店さんから出版した「かがみのえほん」シリーズは子どもを対象とした本なのですが、元々私が作っていたものは、どちらかというと大人向けともいえるような本で、老若男女、いろんな年代の方に楽しんでいただくことを目指していました。その一方で、小さなお子さんには理解が難しいとも感じていたんです。だけど「SICF12」の会場では子どもが「お母さん、これ見て。きれいだよ!」と母親に呼びかけている場面にも遭遇して、「ちゃんと子どもにも響くんだな」と感じました。そのことで作品への手応えも得ることができました。

 

 

「SICF12」佐藤尊彦賞受賞作

 

 

―その出展作品は、審査員である佐藤尊彦さん(ビームス プレス)の賞を受賞されましたね。

 

渡邉:はい。SICFの出展者の方々はレベルの高いクリエーターばかりで、私は単純にその場にいるだけでも楽しかったのですが、さらに審査員の方に評価していただけたことが自信につながりました。実はちょうどその頃、結婚を機に愛知へ移住するために、4年勤めていた会社の退職を考えていて、今後のことを悩んでいたタイミングでした。ですので、受賞は「このまま表現を突き詰めていってもいい」と応援してもらえているというか、今後の方向性を決める上での強い励みになりましたね。結局その後は転職ではなく、自分が続けていきたい創作活動と研究に集中するため、大学院に進学することにしました。

 

―受賞から1年後の「SICF12受賞者展」では、『鏡屏風』を発表されています。こちらは受賞作とは一転、大規模な作品ですね。

 

 

「SICF12受賞者展」出展作品『鏡屏風』(2012)

 

 

渡邉:「いい場所で展示できる!」という思いがあったので、思い切って制作できましたね。逆に言うと、スパイラルの広い空間で作品を発表ができるという前提がなければ、あれほどの規模の作品を自腹でつくっていなかったかもしれません(笑)。退職金をすべて本作につぎこんだんです。その翌々年には、大学院の修了制作として『BIG MIRROR BOOK』という自分の体がすっぽりと収まってしまうほどの巨大な鏡の本を制作したのですが、『鏡屏風』はそのきっかけとなった作品でもあります。というのも、スパイラルへの搬入・搬出の際に作品を折り畳んでいている最中に、鏡のしかけによって圧巻の画を生み出せる事に気づいたんですね。それまでに制作していた絵本サイズの作品は、90度にページを開く事によって見え方が変化するというもの。対して大きなサイズの本は様々な角度に動かすことで、絵が動いて見えたり、より多層的に展開することがわかりました。『鏡屏風』も『BIG MIRROR BOOK』も、大学院のアトリエで朝から晩まで、必死に制作をしていた気がします。SICFの経験を通して、精神面で鍛えられた気がしますね。勢いをもらったというか。

 

 

『BIG MIRROR BOOK』(2014)

 

 

自分が「見てもらいたい」という人に作品をどんどん見せることが、新たな展開を生むような気がしています。

 

―その後出版された「かがみのえほん」シリーズは、1年のあいだに度々増刷を重ねるなど、大変な好評を博しています。どのようなきっかけでこれらの絵本の出版に至ったのでしょうか?

 

 

わたなべちなつ作「かがみのえほん」シリーズ
『きょうの おやつは』(福音館書店)

 

 

渡邉:これもたまたまの出会いがきっかけです。自分がつくった作品を極力いろんな人に見ていただくようにしていたのですが、家の近所に、おもちゃと絵本を取り扱うすごく素敵なお店があり、そこの店主の方に作品を見ていただいたんです。するとその方が、福音館書店の編集者の方を紹介してくださって、結果的に出版へと結びつきました。直接的なメリットを考えるだけでなく、ただ単純に自分が「見てもらいたい」という人に作品をどんどん見せることが、新たな展開を生むような気がしています。

 

―今後の展望について教えてください。

 

渡邉:展示としては、2016年1月30日から2月28日、愛知県の春日井市で開催される「あいちトリエンナーレ」のプレイベント「となりの人びと ―現代美術 in 春日井」に『BIG MIRROR BOOK』を出品します。その他には、「かがみのえほん」シリーズの続編や、他の色々なパターンでの絵本も試作しているところです。今は絵本の仕事をたくさんしている関係で絵本作家と呼ばれることが多いのですが、私自身の根本はグラフィックデザイナーであり、平面の表現を追求している作家だと思っています。平面であるにも関わらず「しかけ」があることによって、立体的かつ空間的な感覚を得られる作品をつくりたい。そういった意味でも、「本」というメディアは自分の制作スタイルにとても合っていると思うので、これからも色んな本を発表していきたいですね。

 

 

関連リンク

かがみのえほん「ふしぎなにじ」(福音館書店サイト)
かがみのえほん「きょうの おやつは」(福音館書店サイト)
『となりの人びと ―現代美術 in 春日井』

 

 

インタビュー・文 野路千晶